momoichiの日々つれづれ、、

元外資系企業管理職。 外資管理職->無職フリーダム->起業(いまここ) 人生なるようになる、なるようにしかならない。 人生、絶賛継続中。

富士山のおもひで。

日本が誇る富士山が世界遺産に登録されたそうです。ほぼ諦めかけていた三保の松原も含めての登録なので、最後まで諦めなかった粘りの交渉が効を奏したのではないかと思います。

ところで、富士山へは、一度だけ登ったことがあります。

会社に入って1年目だか二年目の若かりし時代です。

会社の労働組合が企画したツアーで、金曜の夜、労組が用意したバスに乗って東京を出発し、一晩かけて登山をし、ご来光を拝む、いま問題視されている弾丸登山でした。

一緒に参加したのは、同期の世話好きな帰国子女、花田君(仮名)、同じ課のA先輩、隣の課の先輩B女史、そして、みんなから変なやつと思われていた、隣の課のちょっと変わったタコ先輩(仮名)です。

バスに乗った途端、私のおしゃれ重視のスニーカーに花田君より物言いがつきました。

そんな靴じゃぁ、足がダメになるよ。
僕は登山靴持って来たので、自分のスニーカーを貸してあげる。

確かに、登山用ではありません。

そんなこんなで、私は世話好きな花田君のスニーカーを履かされ、頂上を目指すことになりました。

五合目でバスを降り、いよいよ、登山開始です。

最初は、グループで一緒に登り始め、話に花が咲いていたものの、だんだん皆な無口になり、気がつくと私とA先輩だけになっていました。

夜中の登山のため、一旦はぐれてしまうともう見つかりません。

後から聞いたのですが、B女史は途中で具合が悪くなり、登山を断念、山小屋で休んでいたそうです。

バスの中で登山にあたっての注意事項があり、具合が悪くなった場合は無理をせず、すぐさま、近くの山小屋で休み、翌朝、下山するように指示がありましたので、翌朝、そのまま下山したようです。

きつい登山も連れがいると心強いものです。

八合目を過ぎたあたりから上りがきつくなります。

胸突き八丁なんて言葉があるようですが、まさにそれ以上でした。

黒い火山岩の急坂をひたすら進むのですが、疲れと睡魔で道の脇に人がごろごろ転がっています。

私もこのあたりでついにA先輩ともはぐれ、疲れと睡魔に勝てずに、同じように道の脇でごろんと横になり仮眠を取りました。

どのくらい休んでいたのか分かりませんが、ふっと目が覚め、少し休んだせいか、元気になりまた歩き始めました。

あたりは真っ暗で、懐中電灯の明かりだけがたよりです。

懐中電灯の明かりが、蟻の行列のように、延々と登山道に続いています。

途中で仮眠を取ったので、ご来光は無理かと思ったのですが、何とか間に合いました。

そして、頂上でA先輩、花田君に再会。

三人で抱き合って富士山登頂を喜びました。

で、タコ先輩がいないことに気がついて、タコ先輩は?って聞くと、あそこ、と指差された先に、疲労困憊したタコ先輩が座り込んでいます。

ご来光も見終わり、皆で記念撮影をするので、タコ先輩にも声を掛けてみました。

ももいち(以下、も):タコ先輩。写真、撮りますよ。

タコ先輩(以下、タコ):疲れているから嫌だ。

疲れているから、嫌だ。



嫌だそうです。


ちなみに、頂上で撮った写真には、満面の笑みの私たちの端っこに、死にそうな顔をした、タコ先輩が背景に小さく写っていました。


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