読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

momoichiの日々つれづれ、、

元外資系企業管理職。 外資管理職->無職フリーダム->起業(いまここ) 人生なるようになる、なるようにしかならない。 人生、絶賛継続中。

訃報。

毎年、11月を過ぎると喪中葉書が届き始める。

若いときはおじいちゃん、おばあちゃんだが、そのうち、父親、母親の訃報になり、そして知り合いの訃報が届くようになる。

昨日、届いた喪中葉書は、私が新人の頃、お世話になったKさんの訃報だった。

その頃の私は、大学を卒業したての怖いもの知らずだった。
いまから考えると、言いたいことをはっきり言い、超コンサバな日本企業で良く許してもらえたと思うのだか、陰には課長と、このKさんの存在が大きい。

Kさんは、当時、もう50は過ぎていたと思う。
若くして抜擢された課長が頼み込んで、来てもらったと聞いている。

課長以外はほとんどが、20代という若い部門で、Kさんは部門のアドミン業務やこまごまとした管理業務、他部門との調整を行なっていた。社歴が長いので、社内では顔も利いた。

そして何よりも大きかったのは、メンバーの駆け込み寺になっていたことだった。

よく仕事上の悩みや愚痴を聞いてもらった。

口では立派なことを言っても、経験やスキルがどうしても伴わない。そのギャップに苦しんでいるときに、課長があろうことか、今年の新人は男性が採れた。女性でなくて本当に良かった、と話しているのを聞いたことがある。

いたたまれなくなって、席を立った私に、Kさんが後でそっとフォローしてくれた。


その一言に、どんなに救われたことか。


Kさんに悩みを打ち明けるのは私だけではなかったようで、それを上手く課長にも伝えていたようである。


その後、転職をしたが、Kさんとはずっと年賀状のやり取りは続けていた。

手先が器用で、毎年、凝った手作りの年賀状が届いていたのだか、ここ数年は印刷された年賀状になっていたのが気がかりだった。


もしかして一番、Kさんのことを頼りにしていたのは課長だったのではないか、、いまになってそう思う。



■□■ Amazonでお買い物:本日のおススメの一冊 ■□■
数字を追うな 統計を読め(ここをクリック↓)



==================================
ランキング、参加しています。
↓ポチしていただければ、励みになります!


にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村

広告を非表示にする