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momoichiの日々つれづれ、、

元外資系企業管理職。 外資管理職->無職フリーダム->起業(いまここ) 人生なるようになる、なるようにしかならない。 人生、絶賛継続中。

はじめて広島平和記念公園を訪れた。

先日、初めて広島の平和記念公園と平和記念資料館を訪れました。

これまで、何度か行く機会はあったものの、どうしても足を向けることができませんでした。

 

今年の4月に広島でG7の外相会議が開催された際、米国ケリー国務長官がゲストブックに、『すべての人が訪問すべきだ。』と記したことを知り、一度は訪問せねばと考えるようになりました。

(このG7での訪問が、伊勢志摩サミット後のオバマ大統領の広島訪問に繋がっています。)

 

今回、宮島に行くこととなり、その前に、平和記念公園を訪問することにしました。

 

レンタカーで広島インターを降り、5月のオバマ大統領が広島を訪問したときと同じルートを辿って平和記念公園に到着しました。

 

その日は快晴で抜けるような青空が広がっていました。

 

丹下健三の設計の原爆死没者慰霊碑まで緩やかな坂道になっており、その慰霊碑からちょうど原爆ドームと平和の火が見えます。

何度もテレビや新聞で目にした光景ですが、その前に立つのは感慨深いものがあります。

 

亡くなられた方のご冥福をお祈りし、原爆ドームに向かいました。

川を渡るのですが、ここに相生橋という橋が架かっており、原爆投下時には衝撃波で何度もバウンドしたそうです。

 

原爆ドームは明るい陽の光を浴びていましたが、私にはとても重く感じました。

 

おそらくそれは、多くの人が一瞬で命を落とし、また生き残った方も近くの川で水を求めて亡くなられたという事実から来るものだと思います。

 

平和記念資料館では、遺族の方が寄付した遺品で溢れていました。

 

見る人が、心を寄せる理由として、71年前に、そこにはそれぞれの人生があり、家族がいて、普通に暮らしていたこと。その普通の暮らしが、アメリカが落とした一発の原爆で一瞬で無くなってしまったことだからだと思います。

 

原爆が落ちた後、多くの人が行方不明の家族を必死で探しています。家族は見つからず、遺品だけ見つかったり、家族の勤務先の、家族の席で、座ったまま骨になった家族の変わり果てた姿と遺品を見つけた人。

かけがえのない家族の遺品とエピソードが所狭しと並んでいます。

 

原爆は、普通の生活を一瞬で奪ってしまう破壊だけではなく、放射線を浴びたことによる症状が出て長くその影響に苦しむことになります。

人道的に決して許されない行為なのです。

 

何て酷いことをしたのか。

 

資料館で外国人の女性が展示物を涙を流しながら見ていたのが印象的でした。

 

今回、訪問できて良かったと思っています。

 

しかし、もう一度、訪問するかと問われれば、いまは答えられません。

そのくらい、とても悲しく、辛い場所には変わりはないからです。

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